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2022/1/24 温熱ベスト

 今年は寒さが厳しい冬になりました。そこに追い打ちをかけているのが灯油の高騰です。雪が降り始めてから、灯油の使用量は気温と反比例するように増え続けています。「節約を!!」と毎朝呼びかけたり、社員の発案で始めた「給油ノート」に各自の給油量を記入したり、と努力はしていますが目に見えた効果はありません。そこで一計を案じました。近頃テレビのCMで良く見聞きする「温熱ベスト」を導入することにしました。事務方二人で、町のホームセンターへ出向き早速試着してみました。思ったより軽くて温かです。とりあえず2着購入して、サイズの確認を全員に聞いて回ったところ、「寒くないからいりません」「ホッカイロをしているからいいです」「寒いのは足なので、背中部分は必要ありません」etc・・・。  おいおい、温熱ベストを導入する意味を勘違いしていないかい?目的は燃料の節約だけど?・・・やはり偏屈な職人集団。素直ではありません。そのくせ、珍しいものには興味津々で皆でこっそり試着はしていた模様です。結局「使います」と申し出たのは事務所の3名と工場の1名だけ。灯油の使用量の方は一週間(5営業日)で200リットルまで跳ね上がり節約の兆しなし。灯油タンクの目盛りをチェックしながら気を揉む毎日です。         

17・8前の原油が高騰した年のことです。灯油も前年比50%以上値上がりしたように記憶しています。そのころ私が在職していたのは全学年24学級の大規模な学校でしたから、おそらく数千万円単位で経費が増加すると試算したのでしょう。節約の呼びかけとともに、17時になると事務長が各階の灯油の元栓を閉めて回っていたことを思い出します。「皆さん、早くお帰りください」との声なきプレッシャーを感じたものでした。

現在温熱ベストの着用組4名はそれなりに快適に過ごしています。事務所のファンヒーターの設定温度は外が凍る日も「18℃」。SDGsとは程遠いわが工場ですが、せめてお客様に一番近い事務所だけでも努力は続ける決意です。    R記)                                                                              

2022/1/17 ヤスリと弦楽器

わが社の看板商品の一つに「プラスチックヤスリ」というヤスリがあります。昭和40年代の初め頃、地場産業の一つであったプラスチック製品のバリを取る目的で先代社長が開発したヤスリです。特徴は「単目」であること。一般的なヤスリは上目と下目と呼ばれる2本の目が交差した「複目」が主流です。先に目を立てる下目は、横滑りを防ぎ削り粉を排出する働きをします。上目は主に切削を担います。それに対して目が1本の単目ヤスリは、削り方によっては横滑りし、目詰まりしやすいのが弱点です。しかし単目の1本1本の目が小さな鉋(カンナ)の刃のような働きをして、素材を1/200~1/100㎜単位で削り、その表面を滑らかに仕上げることが可能なのです。ヤスリの表裏上下四面が利用できるように目が立ててあるのは利用者の経済面を考慮してのことでしょう。さらに「バンカット」と呼ばれる表面処理が施してあるため、刃先が鋭利で切れ味が抜群なことも50年以上人気を保っている秘密だと思われます。

このプラスチックヤスリには「スキヤキヤスリ」というニックネームがあります。どこでどうしてスキヤキになったのか、さっぱりわからないことも逆に愉快です。かつての目的であったプラスチック製品のバリ取りは、今や金型の精度も上がり3Dプリンターの時代になって昔ほど利用価値もなくなったように感じます。では、誰が使っているか?実は「プラモデル愛好家」、特に「ガンプラ愛好家」の方々に評価を頂いているのです。少々面映ゆいですが、彼らの間では『柄沢ヤスリの「スキヤキヤスリ」は垂涎の的』なんて言われていると聞いたことがあります。「スキヤキヤスリ」がもっと大量生産出来たらわが社の経営も安泰なのですが、実は材料の入手から、目立て・焼き入れ・バンカット・・・数ある製品の中で一番手のかかるヤスリがこの「スキヤキ」なのです。数年前、作っても作っても失敗続きで1年近く欠品したことがありました。大学の先生や、県の工業技術センターの研究者まで巻き込んで原因を究明しました。材料と焼き入れに重大な問題があることがわかるまでの1年、日本中の問屋さんや小売店から矢のような催促が続きました。

そんな厄介な「プラスチックヤスリ」ですが、実はもっと特別な場所でも使われています。それは弦楽器工房です。一昨日も1本の電話がありました。以前東京のチェロ製作者の方から「イタリアのクレモナに250軒のバイオリン工房があり、1000人の職人がいるが柄沢ヤスリのプラスチックヤスリを知らぬ者はいない」と聞かされて涙がこぼれたことを別のコーナーで書きました。一昨日の電話の主にもその話をしたら、「僕もそのクレモナにいるのです」「弦楽器製造者にとって、今世界中を探しても御社のプラスチックヤスリを超えるものはない」となんともありがたい言葉を頂きました。私たち職人は、製品が手元を離れた後どなたがどんな目的で使ってくださっているのか、ほとんど知る術がありません。「切れが悪い!」とのクレームで落ち込むことはありますが、直接お褒めの言葉を頂くなどほとんどないことです。油にまみれた工場で作られた工具が、あの美しい流線形を描く弦楽器作りに貢献しているなど想像だにしないことでした。先人たちが種をまき、職人たちが繋いできた技術が自分たちの知らないところで実を結んでいたことを知らされ、嬉しさや誇らしさと同時に、技術を今後に伝承することの責任も感じた1本の電話でした。  R記)                                                                              

2022/1/7 1月7日は何の日?

「1月7日」は何の日かご存じですか?

七草の日  5節句の一つで、朝「七草粥」を食べて祝う風習です。当地新潟では七草粥の習慣はありませんが(お米が豊富なので草をわざわざ食べない、とか雪に埋もれる雪国の正月にそもそも草はないとか、考えられる理由は様々)一番有名な風習ですね。

七日正月  元旦から始まった正月がこの日で終わり、お飾りの松を外す日。この日までを「松の内」と言います。

爪切りの日 新年になって初めて爪を切る日で、「七草爪」とも呼ばれるそうです。この日にその年初めての爪切りをすると邪気を払うことができて、一年間風邪を引いたり病気になったりせず健康で過ごせる、といわれています。

ところで、わが社には「初爪~HATSUME」というネーミングの爪ヤスリがあります。台座がついて体の不自由な方にも負担なく使っていただける画期的なヤスリです。実はこのヤスリの名前が「七草爪」に由来します。新商品が出来上がった時、名前は「はつめ」にしようと決めていました。新潟の方言で「器用な、器用な人」を意味します。どなたにも無理なく器用に使っていただきたいという思いを込めました。しかし、あるデザインの権威から「商品のパッケージやネーミングは、見ただけで聞いただけで商品がすぐにイメージできるものでなければならない」と教わりました。新潟弁の「はつめ」は今や地元でさえ死語に近くなっています。皆で知恵を絞りました。その時見つけたのが「七草爪」の風習でした。その年初めて爪を切る⇒一年間健康でいられる⇒すなわち一年間幸せでいられる。すぐに「初・爪」の漢字を使うことに決まりました。パンフに「新潟弁のはつめ」と「七草爪」の意味を添えました。評判は上々でした。「すがすがしい」「ちょっとなまめかしい」「はつめがこんな漢字だなんて初めて知りました・・・(いえいえ当て字です)」 わが社にはもうひとつ『誉~HOMARE』という名前の工業用ヤスリがあります。こちらも他にない機能性が評判のヤスリです。漢字は表意文字ですから、たった一文字でも作り手の思いをこめられるので、気に入っています。

さて、全く話は変わります。「はつめ~器用」の話です。私の指は細くて長いのですが、爪は短くてちんちくりんです。特に親指の爪は縦より横が広いちょっと潰れた爪です。こんな爪の持ち主を当地では「はつめだ~器用だ」と言います。しかしそれはきっと慰めでしょう。だって、私本当に不器用ですから。98歳のベテランの指導を仰いで「目立て」の修行をしましたが、修行後一度も声がかかりません。仕上がったヤスリは我ながらひどい出来でした。中学校の家庭科でワンピースを縫った時、見かねた先生が主要なところをすべて縫ってくれました。着られないものができそうだったのでしょう。高校入試の直前、なぜか女子の間で手袋を編むことが流行りました。私も挑戦しましたが、友人に「あなたは勉強していなさい。私が編んであげます」と取り上げられてしまいました。何しろ中一の授業で初めて編んだ手袋の点数はクラスで最低点でした。当てにならない言い伝えもたまにはあるもんだなぁと、「はつめ」と言われ続けた親指の爪をつくづくと眺めています。

本日は「七草爪」の風習に倣って、今年初めて爪を切りました。もちろんベテランの手になる爪ヤスリで整えることも忘れてはいません。自社製品ながらその切れ味に感動です。コロナに負けず今年一年健康で良い年にしたいと思います。R記)                                                                              

2022/1/4 新しい年

皆様、明けましておめでとうございます。良い年をお迎えのことと思います。

昨年はどんな年でしたか?振り返っても、コロナ以外に思い出す出来事が少なかったのはさみしいことでした。でも社員一同健康で無事に新年を迎えられたことを喜びたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、年末に書きたかったけれど雑務に忙殺されて書けなかったちょっと恥ずかしいエピソードを暴露してしまいましょう。恥ずかしすぎて新年早々に書く話ではないのですが・・・。

実は社内には「携帯電話禁止」のプレートが2枚も貼ってあります。そう、仕事中の「携帯電話」の私用のことで、年末ちょっと社内がギスギスしてしまいました。わりかた最近、ガラケーからスマホに変えた一人の社員がスマホにはまってしまったのです。私自身は「携帯は緊急時に使うもの」と考える今時「化石」のような人間なので、スマホに夢中になっている人をいつも冷めた目で見てきました。例えば、レストランで2人で食事をしていて2人ともそれぞれのスマホをいじっている様などをしょっちゅう見かけますが、少し異様ではありませんか?なんて言っているのは「化石」の私ばかりで、スマホとはそれだけ人を夢中にさせる機器なのでしょうね。そんなスマホを仕事中にも離せない社員の行動が問題になりました。前にも書きましたが、ヤスリを作る作業は分業制で、それぞれの仕事は一国一城の主のようなところがあります。各自がその時々で作っている製品が違いますので、その人間の仕事が遅ければその製品の仕上がりが遅れるだけのことで、お客様に怒られる以外他の作業に大きな影響はありません。いい歳をした大人ですから、自分の行動に後ろめたさがなかったはずはありませんが、スマホの中毒性には勝てなかったようです。他の社員からの不満の声が相次ぎ、とうとう社員全員で会議を持つことになりました。皆で「就業規則」を読み返し、罰則規定を確認し合い、対応を協議しました。そして決まりました。他の会社でしたら、当たり前すぎることで恥ずかしい限りですが書きましょう。

①就業中は使用禁止 ②朝来たら、カバンの中か新しく準備した収納ボックスの各自の引き出しにしまう ③家族が病気等で緊急に連絡を取る必要があるときは許可願いを提出。ホワイトボードに張り出す。

1ヶ月経ち、今のところ皆しっかりと規則を守っているようです。                                     

思えば教師時代、授業中に使用が見つかった生徒の携帯を何台取り上げたことでしょう。「放課後まで預かります😠」「お願いだから、着信だけ見せてください🥺」・・・・・毎日のように繰り広げられたこんなやり取りが懐かしいです。

今日1月4日は仕事始め。「今日は誰も私語をせず、とても静かなんですけど・・・」とは工場の責任者の声。いつも賑やかな工場が静かなのも逆に拍子抜けなのですが、新年にあたり社員一同襟を正して粛々と仕事を進めていると信じたいと思います。

こんな柄沢ヤスリですが、本年も頑張りたいと思います。どうぞよろしくお引き立てをお願い申し上げます。(R記)                                                                              

2021/11/16  お巡りさんの巡回訪問

先日、駅前交番のお巡りさんの巡回訪問がありました。「何かお変わりはありませんか?」という一通りの質問の後、「私、あの98歳の職人さんの大ファンなのです」と話が始まりました。彼の県外に住むおばあちゃまには「初爪」を、ご両親にはそのベテランが作った「シャイニー爪ヤスリ」を送って喜ばれたそうです。そして「過去に、私たちの同僚が失礼をしたようで」と言われ、一瞬「ン?」と考え込みましたが、そういえば 10年以上前の出来事を「what's new?」のコーナーで書いたことを思い出しました。彼もそれを読んでくれた様です。

お読みになった方は覚えておいででしょうが、顛末を簡単に書きましょう。98歳のベテランがまだ80代の若かりし頃のことです。                                        今回と同じように会社に巡回訪問に来られたお巡りさんが「今、おばあさんが出ていかれましたよ」と言いました。そこにいた全員が誰のことか?と本気で考え込みました。今、会社には社員しかいないはずだし、さて・・・?ふと時計を見て、気づきました。彼女が帰る時間だったからです。そのころ教師を辞めたばかりだった私は、昔取った杵柄とばかりにその若いおまわりさんに説教をしました。「あなたのおばあさんでもないのに、女性をおばあさん呼ばわりは失礼でしょう」と。その時の彼の反応がどうだったかは、ちっとも覚えていません。こちらこそ失礼をゴメンナサイ。

そうそう、彼女をおばあさん呼ばわりされて怒ったことがもう一つありました。これも「what's new?」のコーナーで書いたことですが、朝のNHKニュース「おはよう日本」で彼女が取り上げられたとき、タイトルが「ヤスリおばあさん」と出ていました。花咲か爺さんでもあるまいし、ヤスリばあさんとは何事か!NHKの見識を疑う!!と「what's new?」内でカッカと怒ったものでした。数年後同じNHKの「ひるブラ」という番組に生放送で出演することになり、打ち合わせでNHKの皆さんが来られました。急に「ヤスリおばあさん」のことを思い出した私は再び彼らの前でこぶしを振り上げ、当時新潟放送局にいた佐藤俊吉アナウンサーに「まあまあ」となだめられました。

こんなエピソードが数多くあるのは、彼女がバリバリの現役職人であり続ける何よりの証拠ですね。98歳、今日も元気でした!(R記)                                                                              

2021/10/19   「働く女性」~「美しい人」撮影

10月18日(月)プロのカメラマンによる工場の撮影がありました。

燕三条地場産業センターの事業で、「燕三条の女性職人」にスポットを当てた企画です。わが社は16名中9名が女性。さらに98歳の「働く女性」のお手本のような職人がいますので、「燕三条のPR」のためならと本人たちの了解を得て快く引き受けました。

女性たち9名の中から撮影のモデルとなる代表2名を選びました。一人はもちろん98歳のベテラン。そしてもう一人は目立て職人歴2年目の若手女子。その若手女子は、かつて工業用のミシンの仕事に携わっていましたので、機械の扱いにも慣れていますしベテランの技を吸収しようと頑張る努力家です。さらに今回のテーマが「美しい道具をつくる、美しい人」ですから、まさに代表にふさわしい女性といえるでしょう。実を言えば、わが社のインスタグラムでこの2人が登場した時は、「いいね」や「リーチ」の数が格段に違うのです。今や2人ともわが社の看板娘です。

令和3年12月22日(水)~12月27日(月)東京都渋谷区表参道神宮前「新潟館ネスパス」にて、燕三条地域で撮影された「美し人」のパネルや動画が展示されます。もしお近くに行かれることがあったら是非覗いてみてください。

ところで、わが工場には女性が多いことをたびたび驚かれます。しかしずっと燕という町に住んでいる者にとって、女性が工場で働いていることは別段珍しいことではありません。もともと燕は住まいと工場が一緒の「家内工業」が主の町でした。どこの家も父ちゃんも母ちゃんも一緒になって一生懸命稼いで今の燕の礎をつくり、それがずっと燕の活気の源でもあったからです。子供のころ、夜なべで機械が動いている音が近所のあちこちの家から聞こえてきたことをよく覚えています。燕の有名な「背油ラーメン」がそんな職人さんたちの夜食として腹を満たしたことは有名な話です。ヤスリ屋も例外ではありませんでした。また、ヤスリは「鉄工ヤスリ(大型)」「組ヤスリ(小型)」「両刃ヤスリ(ノコギリの目立て用)」等々種類も形も目の細かさも様々ですから、男性は力のいる大型ヤスリの目立てや焼き入れなど力仕事を、女性は小型で繊細な目のヤスリの目立てを、と女性も大事な働き手でした。わが社の昭和20年代の慰安旅行の写真でも女性職人が大勢写っています。そういえば小学校の、毎月あった授業参観に来るお母さんたちって少なかったなぁ。燕のお母さんたちはみんな働いていましたから。昭和3・40年代のことですが、バスの中で東京の営業マンと思しき人が「新潟の女性はみなズボンをはいているんですね」とひそひそと話していたとか。だって働く女性ですから。こんな街に生まれ住んでいると、「働く女性」にスポットをと言われても実は「何を今更」という気分がないでもありません。でも、女性の力が強くなったことだけは確かです。だってわが社、いろんなところで女性が仕切っていますから。(R記)                                                                              

2021/10/14   ワクチン接種状況 その2

コロナ第5波の勢いがようやく弱まりつつあります。まだまだ警戒を緩めるわけにもいきませんが、それでも誰もがホッとしていることは確かです。薬剤師の友人が言うには、これだけ感染者が増えれば「無症状」で感染している人も相当数いるはず。したがって知らず知らずのうちに抗体を持っている人が増えた結果感染者も減少したのではないかとのこと。もちろんワクチン効果もあるでしょうが、大勢の専門家の解説より一番腑に落ちた分析でした。全く逆のことがインフルエンザにも言えるそうです。昨年はインフルエンザの感染者が極端に少なかったため、抗体を持つ人が減り今年はインフルエンザ大流行の予報が。わが社はすでに9月中に全員分のインフルエンザワクチンの予約を済ませています。「備えあれば憂いなし」8月のパソコンの故障で得た大きな教訓です。

さて、わが社のコロナワクチン接種状況です。先週10月7日、ついに全員が1回以上の接種を終了しました。本日現在で2回接種終了者が16名中12名、2回目待ちは来週月曜が3名、月末が1名となっています。燕市の2回終了者は、数日前にすでに80%を超えていましたので少しだけ遅れをとっているかもしれません。副反応も本当に人それぞれでした。ちょっと腕が痛むくらいでケロッとしている者がいるかと思えば、生まれて初めて40℃以上の熱に苦しみましたという者、書いてある副反応が全部出ましたという者・・・それぞれの体の中で一体どんな反応が起こっているのか、不思議です。

ところで、8月以降に接種を受けた社員たちは個別接種の方が多かったのですが、初期のころに集団接種を受けた私の場合とあまりに対応が違うので、ちょっとだけ自分のコロナワクチン接種体験を書いてみたいと思います。

1.係員の指示で入り口で検温・消毒(これは今や常識ですね)

2.ながーい廊下に到着順に一列に座らされて書類がそろっているかのチェック。杖をついてやっと歩いている老婦人は、到着が遅かったためながーいの列の後尾まで歩かされていた。自分もあまりに緊張していて「代わります。私の席に座ってください」と言えなかったことを、そこまで気が回らなかったことをいまだに悔いている。

3.前から5人ずつ案内されて、2順目の場所へ。身分証明書と書類の照合。

4.3順目のブースの前まで歩いて本日の予定表が渡される。密にならないよう順路間の距離はかなりある。年配の方や足の悪い方は大変。

5.4順目でようやく「第1回目の問診」

6.横に並んだ椅子に案内されて、5順目は医師による「第2回目の問診」。待っている間、前の人が終わるたびに椅子を横移動。ここも足腰の弱い人は大変だなぁ。1回目の問診と全く同じことを聞かれる。さっき同じこと言いましたけど。

7.いよいよ衝立で仕切られた6順目の注射ブースへ。まだ打ち手の姿はない。数十秒待ってようやく打ち手がバックヤードから現る。打ち手が現れるまで緊張で体はガチガチ。「少し力を抜いて」と注意を受ける。ズシリと重たい鉛が打ち込まれたような感覚。

8.7順目のブースまで移動して、待ち時間と次回の予約日を書いた用紙を渡される。

9.指定された待ち時間まで、8順目の待機場所へ移って大きなデジタル時計とにらめっこ。揃いのベストを身に着けた係員が何度も「大丈夫ですか?」と聞いてくる。私、そんなに顔色が悪いのかなぁ、とかえって不安があおられる。

10.念のため指定時間より5分長く待機し、9順目の最後のブースへ。副反応や副反応が起きた時の対応を説明され終了。

会場には少し早く着いたので、この間およそ1時間。会議や集会で2・300人は入る会場を結局一回り以上移動した。

《私の結論》次回は絶対に集団接種は嫌だ!!熱が38℃以上も出たのはこの会場の緊張のせいだ!!!

ほかの集団接種会場はどうだったのでしょうか?機会があったらぜひ聞いてみたいものです。(R記)                                                                              

2021/10/5   静かな秋

10月になりました。

例年なら秋は様々なイベントのため、1年中で一番忙しい季節のはずでした。工場の祭典・ものつくりメッセ・子供たちの職場見学・春の展示会の準備・・・etc。しかし昨年からは静かな秋になりました。ブツブツと文句を言いながらも、社員たちは結構そのイベントを楽しんでいた様子でした。普段自分たちが作っている製品がどのように評価されているのか、誰がどのような目的で使ってくださっているのか、地味な基礎工具であるヤスリの作り手のところに、直接お客様の声が届くことはそれまでありませんでした。ところが様々なイベントに参加することで、来社されるお客様から「こんな風にヤスリって作られているのか。初めて知った」と感嘆の声を頂いたり、「あまりに細かい作業で感動した」とか「作業の様子がとても楽しかった」とか「皆さん親切で会社の雰囲気がとてもよかった」とか褒めていただいたりすると、実は大きな励みになっていたようです。 でも今年は静かな秋です。皆淡々と仕事に励んでいます。

そんな中、いくつかの新しい会社とのお付き合いが始まりました。「仕事を辞める」と何件かの事業所から急な連絡をもらって慌てた話は前にも書きました。いずれもヤスリ作りには欠くことのできない重要な仕事ですから、その技術を引き継いでくれる会社を探すのは、思いのほか難題でした。話をしただけで「そんな前時代的な仕事は、今は無理です」と断られたことも1度や2度ではありません。しかし幸運な出会いがいくつもありました。いずれも若い技術者や社長さんたちばかりで、頼もしいことこの上ありません。ベテラン職人の経験や知恵はもちろん大事ですが、それを科学的技術や根拠が裏打ちしたらそれこそ鬼に金棒です。この職人たちが引退したらどうなるのか・・・いつも不安を抱えながら来ましたので、今回の出会いは本当に大きな1歩となりました。 新規取引先はこれまでヤスリとは関わりのなかった方達ばかりですので、私たちにとっても新鮮です。新しい知恵、新しい発想。わが社に一番足りなかった新しい風が吹き始め、何か新しいことも始まりそうで少しだけワクワクしています。

静かな秋です。でもわが社の時は確実に動いています。(R記)                                                                               

2021/9/21   98歳の元気

これまでに何度も書いていますが、やはり書かずにはいられません。98歳のベテラン、本当に元気です。

昨日9月20日は「敬老の日」でしたが、彼女ほどこの日が似合わない98歳もいないのではないでしょうか。 

朝はまるでスキップでもしているような軽快な足取りで出勤します。「おはよぉっス」というのが昔からの彼女の朝の挨拶です。事務所にいる者たちを「そのTシャツいい色だね。よく似合うよ」とか「若くて誰だかわからねぇかった」などと、からかいながら工場に向かいます。その声の張りで彼女の今日の元気がしっかりとわかります。

8月の猛暑の朝ちょっとびっくりする出来事がありました。席を外していた私を他の社員が慌てた様子で呼びに来ました。「大変です。すぐに来てください」戻ってみると98歳のベテランが汗びっしょりになって、肩で息をしています。驚いて訳を聞くと、いつもは車で送ってくれるご家族と行き違いがあって、歩いてきたとのこと。外は朝からすでに30℃を超える猛暑。駐車場から会社の入り口まで移動する30秒でさえ社員皆参っているというのに、炎天下を帽子も日傘も持たずに10分以上歩いてきたというのです。今日はもう帰ってください!と皆で説得しましたが、「いえ、大丈夫です。仕事します」一息ついて汗が引いたのを待って、いつも通り機械につかまって仕事を始めました。なんという98歳でしょうか。

責任感・根性・職人魂・精神力・意地・・・すべてを持ち合わせたような人です。

昨秋から仕事は午前中だけになりましたが、逆にそれが彼女の生活に良いリズムを作ったようです。午前中集中して仕事をし、10時の休憩には必ずたっぷりのミルクと砂糖の入ったアイスコーヒーで一息入れ、家に帰ってゆっくりと昼食を取り、(たぶん)お昼寝タイムで仕事の疲れを取り、家事をし、ご家族との団欒の時間を持ち・・・本当に理想的な生活ですよね。

できたら2年後「100歳の現役職人」と皆で大々的にお祝いしたいのですが、時々「この年齢まで職人をこき使っている会社はひどすぎる!!」という書き込みをネット見つけるのです。でもそれを書いているあなた、絶対に間違っています。だって「年齢」の自覚が一番無いのが彼女自身なのですから。あの元気を見るにつけ「100歳の現役職人」もあながち夢ではない気がしています。(R記)                                                                               

2021/9/18  時代の変化

 お盆明けに突然仕事を辞めた同業者があったことは前にも書きました。しかしその後にも「この仕事から撤退します」「今年中に区切りをつけます」と2件の連絡がありました。いずれもわが社にとっては大変深刻な問題です。

燕三条という地域は、地域全体が一つの「ドリーム工場」であることはよく知られています。それぞれの工場が技術を持っていますので、互いに助け合って製品作りが成立することがこの地域の大きな強みだと思っています。しかしそこには大きな弱点もあります。作業者の高齢化です。わが社もその問題でこれまで何度も作業工程が停止し、製造をあきらめかけた製品もありました。いずれはこういう時が来ることはわかっていても、現実のものとなるまで動かないのが人間の愚かさです。何度か同じ失敗を繰り返しました。思い切って国の補助金を利用して「人の手」に代わる大型のオリジナル機械を導入したのが7年前のことでした。作業効率は抜群に上がりました。1本1本の形や使い勝手が微妙に違ったりするファジーな面も、ある意味手作りのヤスリの良さでもあったのですが、今の時代それは許されません。機械のおかげで形は均一な製品に近づいています。

しかし、わが社のヤスリ製造工程の中で機械で出来ることは実はまだほんの一部です。重要な部分の機械化はまだほとんど進んでいません。そして、2日前「今年中で・・・」という話を聞かされました。あぁ、もっと早くにその技術を伝承しておくべきであった、今回も後悔先に立たずでした。本当を言えば、数年前からその職人にさりげなく技術を聞き出してはいたのですが、「このくらいの分量に、適当に〇〇を入れて・・・季節によっても時間はマチマチだし・・・」という塩梅で、絶対に詳細は明かしません。他の社員が手伝っても肝心なところは見せませんでした。やはり職人です。

今、その「職人技」に代わる技術探しに奔走しています。時代は変わっているのに、今回も完全に乗り遅れました。それでもまだ諦めてはいません。わが社の98歳のベテランはじめ技術の伝承者・生き証人はこの地域には残っているのですから。燕三条だから必ずできると信じて、社員皆の知恵を絞って新しい方法を模索中です。

でもやっぱり、深刻です。あぁ、頭が痛い。 (R記)                                                                               

2021/9/14  オンライン会議その2

わが社にとって2回目のオンライン会議終了しました!!

今回も大事を取って、1時間も前からセッティングし準備万端でスタンバイしました。慣れた社員に聞いたら「5分くらい前に準備しておけばいいんではないですか」だとか。いいのです。とにかくしっかりと画面を通して話ができたのですから。一緒に会議に参加した社員も、1回目の私同様前日からドキドキして過ごしていた様子でした。

2年ほど前、外出先でオンライン会議に参加したことがありました。しかし、接続や音声調整に手間取り、さらに会議中に画像が途切れたり声が聞こえなくなったり、オンライン会議とはなかなか厄介なものだなぁと感じたものでした。それがたった2年でこんなにも簡単に操作ができるようになるとは、さらに「この私」が一人で画面の前でしゃべることができているとは、感動ですらあります。調子に乗って、通りかかった98歳のベテランを画面前に呼んで先方に紹介したり、次々と担当社員を登場させたり、会議中にもかかわらず物珍しそうにのぞき込む社員がいたり。緊張のほどけた後半は、ちょっとしたお祭り騒ぎでした。

パソコン関係に無知なおかげで、数年前にこんな失敗がありました。「NTTの〇×*(ここがよく聞き取れません)の者ですが、ギガ楽を導入しませんか」「ギガ楽って何ですか?」「Wi-Fiです」「無線LANで接続したプリンターがなかなか繋がらないのですが、それも解決しますか?」「ハイハイ。ではこの電話で契約ということで・・・」そうしたら数週間後にまた別な業者から同じ内容の勧誘が。私「すでに契約して機器も届いていますが」相手「それは解約したほうがいいですよ。うちのはタダになりますから。そちらは簡単に解約できます。ではわが社と契約いたしましょう」 そこで、最初の代理店を名乗る業者を探したのですがどこにも社名が見当たりません。NTTにも探してもらいましたが結局よくわからない問題のある代理店であることが判明しました。消費者センターにも問い合わせましたが、消費者センターは「個人」を救済する機関で「法人」は対象外。結局NTTと交渉して1つ目を解約することに。しかしですよ・・・・・皆さん!「解約」とは「料金を全額支払うこと」だったのです!!!2つ目の代理店にもすっかり騙されました。

私はこんな詐欺には絶対に騙されない、と自信を持っていたのですがかくも簡単に術中にはまるとは。新手の詐欺ですね。結局騙されて導入した2番目の「ギガ楽」は、インターネットを無料で使えて社員たちを喜ばせることになりました。しかし、なぜか社内にはいくつかの「Wi-Fi」が交錯していて、無線ランLANで繋いだプリンターはしばらく混乱したままでした。昨年NTTのシステムが変わって、「Wi-Fi」を3年以上利用した場合は解約金なしで解約できると連絡が入り、すぐに解約したことは言うまでもありません。社員たちはがっかりしていましたが。

とまぁ常々こんな具合ですので、たかが「オンライン会議」ですがわが社にとってはちょっとしたイベントになりました。    (R記)                                                                               

2021/9/10 オンラインでインタビューとシャインマスカット

今週はちょっと特別なことがありました。

〇初オンラインでインタビュー                                                                                                                                                             東京の女子大生の方が、「燕三条地域の金属加工技術の継承」について研究し卒論を書きたいと問い合わせをくださいました。最初は来社してインタビューというご希望でしたが、このご時世ですので丁重にお断りしたところ、「オンライン」でのインタビューと相成りました。何しろパソコンにはからっきし弱いので、「Zoom」とやらもどんな仕組みかさっぱりわかりません。外から応援を頼んでインストールし、練習を重ねて当日を迎えました。会議の始まる1時間も前からパソコンの前に座りましたが、ソワソワして落ち着きません。開始の10分ほど前にどうやらそれらしい画面が動き出し、時間ぴったりにとてもかわいらしいお嬢さんが画面に登場しました。声も画面もとても調子よくインタビューが始まって5分後、相手のお嬢さんが遠慮がちに「あのービデオになっていないようなのですが、ビデオにして頂いてよろしいでしょうか・・・・・」。まぁ、大きな失敗はこの程度でしたので良しといたしましょう。

インタビュアーは聡明な学生さんでした。事前に送られてきたインタビュー内容はとても的確で的を射ており、地場産業の抱える問題点や将来性にも言及していて、非常に答えやすい質問事項にまとめられていました。私は頭が悪いので抽象的な質問や精神論的な問いは答えに窮します。経験したことしか答えられないのは、いかに普段ものを考えていないかの証拠でもありますね。何はともあれ無事に初オンライン会議が終わったことに安堵しています。

その後新しいお取引先からオンライン会議の依頼がありました。「Zoomならできます!!」と胸を張ってしまったのですが、大丈夫でしょうか・・・・・? 実を言えば不安でいっぱいです。


〇シャインマスカット                                                                  山梨のお取引先から「シャインマスカット」が送られてきました。箱を開けたら大粒のシャインが6房も。覗いた女子社員たちが歓声を上げました。「何事も平等に」が、わが社のモットーですので早速家から秤を持ってきて一人”285g”ずつ公平に分けました。               これまでの人生で私には3度目のシャインマスカットです。何しろ高級品ですのでとても自分からは手が出せません。いずれも到来物でした。  いやぁ、なんとも美味。一粒一粒が宝石のようでした。広島県と山梨県で品種改良されて誕生した葡萄で、山梨はシャインマスカットの一大産地だそうですね。皆であまりに興奮して、インスタ用の写真を撮ることさえ忘れてしまいました。見事な房だったのに。仕方がないので、大事に食べてまだほんの少し残してあったシャインを先ほどスマホで撮りました。ここに貼り付けようと何度もトライしましたが「ログインからやり直してください」と出てくりばかり。えぇい、めんどくさい。言うことを聞かないパソコンほど腹の立つものはありません。残念ですが諦めました。機会があったら、またいずれ。   (R記)                                                                               

2021/8/31 棚卸

今日は年1回の「棚卸」の日です。

恥ずかしい話ですが、8年前商品庫をリニューアルするまでわが社の製品は全く整理というものができていませんでした。同じ系列のヤスリがあちこちに散逸し、置き場所に”精通”した人間にしか「在りか」がわからないような有様。注文が入って「在庫がありません」と断った後、「やっぱりありました」なんてことは日常茶飯事。逆に在庫が潤沢にあるのに注文してしまい、在庫が増えすぎたり。いやはや、こりゃぁダメだ!!と、新しい商品棚をあつらえて商品庫を整理しました。片付け上手な社員が入社したこともあって、今やヤスリは種類別にすっきりと整理され誰が見ても在庫がはっきりとわかる状態になっています。おかげで、それまで1日かかっても終わらなかった「棚卸」の作業が半日もかからずに終わるようになりました。おまけに今年はクーラーの効いた快適な環境での作業ですから、さらに短時間で終了しました。いつもの年なら「あっちぇえ(新潟弁で暑い)」と文句たらたらの社員たちも黙々と作業を終えました。

そんな作業の途中で、古いヤスリに目が留まりました。マークを見るとわが社のものではありません。よくよく目を凝らすと、30年以上も前に廃業した他のヤスリ屋さんの製品でした。N社・T社・H社・・・懐かしい社名が次々と出てきます。燕市がヤスリの町として隆盛を誇っていた時の同業者です。彼らが廃業した時にわが社が引き取ったヤスリでしょう。

実はお盆明け、仕事を辞めますと連絡をもらった同業者が2社ありました。あまりに急な連絡で、まだその解決がついていません。パソコンが壊れたのも、その同業者に関わる新しい取引先からのメールに添付された書類を開くのに往生したせいもあるのです。いまだにインターネットエクスプローラーを使っているせいで、添付書類の文字が化けたりパスワードが入らなかったり。パソコンに無知なのにガチャガチャいじっているうちに壊れたという訳です。今回連絡をもらった2社も、N社もT社もH社も・・・どんな思いで廃業を決意したのか。古いヤスリを眺めながら身につまされ、しばし感慨にふけった今年の「棚卸」でした。(R記)                                                                          

2021/8/30 パソコンが故障で大パニック

パソコンが故障しました!!電源スイッチを入れても、うんともすんとも言いません。日々の売り上げや社員の給料情報等すべてが入っています。時は月末。月末締めの請求書が作れない。給料計算ができない。おまけに8月はわが社の決算月。どうしよう。頭が真っ白になってすぐにパソコン修理店に駆け込みました。        

診断結果は「おそらく基盤が壊れているので、修理に3週間はかかるでしょう。データも助かるかどうか保証はない。もしデータを取り出せればラッキーと思ってください」・・・・・パソコンは他の社員が使っているものをとりあえず使えるけれどデータは・・・。使用している会計ソフトの会社にメールを送って「データをそちらで保存していませんか?」と問い合わせしましたが、「バックアップはこのような時のために自分で取っておくもので、当社にはございません」との返事。これまで故障も事故もなかったので、実はバックアップはこの2年間取っていませんでした。危機管理が甘かったことを本当に後悔しました。

こうなったら徹夜してでも2年分のデータをすべて作り直すか、と腹をくくったところで「もしかしたら2・3日で直せるかもしれません」と連絡が入りました。まさに「地獄に仏」でした。データも無事でした。給料計算も先ほど終わりました。ここ数日パニック状態でしたから、今こうして,穏やかにこのコーナーを書けるようになったことの喜びをひしひしと感じています。

おかげで大きな教訓を得ました。「備えあれば憂いなし」 

皆様もどうかお気を付けください。(R記)                                                                          

2021/8/29  介護休暇と全員集合

5月から3ヶ月間介護休暇を取っていた社員が今月26日から復帰しました。

「核家族」と言う言葉が登場して久しいですが、家族の在り方や形態はひと昔・ふた昔と比べて本当に様変わりしています。家族をどのように看病するか、介護するか。家族の人数が少なくなった今、本人も含めて誰かが決断しなければならない現実はどの家庭にもきっとあることでしょう。

私個人は「介護休暇」に関して、ちょっとつらい思い出があります。20年近く前、父が病に伏し母が一人で父を介護していました。しかし介護疲れから母までもが心臓発作で倒れてしまいました。結局離れた場所に住んでいた私が仕事をしながら二人を介護することになりました。「職場・父のいる自宅・母の入院先」と片道50㎞の道を往復する毎日は、心身ともに限界でした。思い切って所属長に「介護休暇を取りたい」と申し出たところ、「気の毒だとは思うが、誰にだって事情はある」と受け入れてもらえませんでした。その女性所属長は、家庭と仕事とを立派に両立させ管理職まで上り詰めた努力の人。さらにまだ介護休暇の制度も確立されていない頃だったと思います。当時の世情から考えたら所属長の返事は普通の対応だったのかもしれません。その後は、まるで光の見えないトンネルの中をさまようような日々がしばらく続きました。我ながらよく耐えたもんだと今だから思えます。まだ、若かったからでしょうか。

わが社の社員たちもいろいろな事情を抱えています。しかし誰にも事情はあっても、それぞれの事情はすべて違います。最近わが社は家族のために有給を取る社員が増えていますが、誰もそれを咎める者がいないのはやはり世の中の理解が進んできた証拠なのでしょうね。

ようやく16名のメンバーが全員集合し、社内も安堵感に包まれています。それぞれの居場所があるのはうれしいものです。     (R記)                        

2021/8/23   ワクチン接種

コロナが収まる気配を見せません。ここまでの体験から、やはり一人一人が極力「うつらない・うつさない」努力をすることが今できる最大の対処法のような気がいたします。

さて、我が社のコロナワクチン接種状況です。総勢16名中、2回接種を終了した者5名、1回終了者2名、只今予約中4名、残り5名は住んでいる市町村がバラバラなので接種券は届いているようですが把握していません。我が市でも4月・5月はまるで「ワクチン狂騒曲」さながらの混乱で、社員全員の接種終了は予測不可能でした。しかしここまで社員とその家族が全員健康であったことと、ワクチン接種の目途が付いたことでようやくホッとしています。

ところで、私は真っ先に打ち終わりましたが、副反応に苦しみました。1回目はまるで五十肩のように腕が上がらず、2日間洋服の脱ぎ着もままならぬほど。2回目は38℃以上の熱が出て2日間寝込みました。報告に行った主治医の女性医師は「あら、あなた若いのよー」ですって!そういえば98歳のベテラン職人は2回ともぴんぴんしていて、全く副反応の気配なし。他の社員が「おかしいよなぁ、あの人どうしてなんともないんだろう?」と不思議がっていましたが、「齢だから・・・」とは絶対に言ってはなりません!!と釘を刺しておきました。

1日も早く元の生活を取り戻したいものです。(R記)                        

2021/8/20   今年の夏

今年も酷暑でつらい夏です。でも、我が工場は今年大きな変化がありました。念願のクーラーが入ったのです。昨年はあまりの暑さに中途で仕事を打ち切った日が、8月だけで5日ありました。工場内は社員達の命に関わるような熱暑が続きました。コロナ禍で売り上げが上がらず財政的には厳しい時期でしたが、命には代えられません。思い切りました。3月に大型のクーラーを2台導入しました。

さすがに快適です・・・・いえ、しばらくは快適でした。工場には800℃で焼き入れをする焼き場があります。そこの環境だけは今まで通り室温50℃。若い焼き入れ職人が音を上げました。そこで焼き入れ作業は午前中だけにして、作業する時間は焼き入れ場の扉を開け放して冷気を分け合うように話し合いました。しかし、焼き場は焼け石に水、工場内は温度が急上昇。昨年まで冷房器具として使っていたスポットクーラーを、再びフル動員してブレーカーが落ちまくり。クーラーの真下にいるのに「暑くってやってらんねェ」「昨年のことを思えば少くらい我慢せい!」「もっと痩せろ!!」・・・クーラーをめぐってなんともかまびすしい日々でした。そんな時ふと目に入ったクーラーの設定温度が、なんと「17℃」!!思わず目が点・・・・。どうりで電気料が昨夏の1.6倍になるわけです。

幸いお盆の頃から気温も落ち着き、クーラーをめぐる攻防はなんとか収まりました。誰もが快適な職場って、難しいものですね。                                      (R記)